『X秒後の世界線』で紹介される、日本人初の海外プロサッカー選手。
その人物は、シンガーソングライターさだまさしさんの実の弟、佐田繁理さんです。
現在では海外で活躍する日本人サッカー選手は珍しくありませんが、その歴史を切り開いた”パイオニア”が、実はさだまさしさんの弟だったことに驚いた人も多いのではないでしょうか。
この記事では、佐田繁理さんのプロフィールや経歴について詳しくまとめます。
佐田繁理のプロフィール
プロフィール
名前
佐田 繁理(さだ しげり)
生年
1955年頃(さだまさしさんの弟)
出身地:長崎県
出身校:長崎南山高校、台湾大学
ポジション:FW(フォワード)
兄:さだまさし
現在:さだ企画代表取締役社長、サッカークラブ運営など
佐田さんは学生時代からサッカーの実力者として知られ、長崎南山高校では長崎県選抜にも選出されました。卒業後は台湾大学へ留学し、サッカー部でプレーしていました。
佐田繁理の経歴
香港リーグで日本人初のプロサッカー選手に
1975年、台湾大学時代の縁から香港の名門クラブ「東方足球隊(オリエント)」へ入団。
当時はまだ日本にJリーグもなく、海外でプロ契約を結ぶ日本人選手は前例がありませんでした。
この入団により、佐田繁理さんは「日本人初のプロサッカー選手」として知られるようになります。
なお、海外移籍の先駆者として知られる奥寺康彦さんよりも約2年早く海外リーグでプレーしていました。
サッカー界を離れた後は兄・さだまさしを支える
香港でのプレーを終えた後は台湾大学へ復学。
その後は兄・さだまさしさんの活動を支える道へ進み、コンサート演出やプロデュースに携わるようになりました。
現在は「さだ企画」の代表取締役社長を務めるほか、中学生年代のサッカークラブ運営にも関わり、後進の育成にも力を注いでいます。
まとめ
『X秒後の世界線』で紹介される佐田繁理さんは、
- 日本人初の海外プロサッカー選手
- 歌手・さだまさしさんの実弟
- 1975年に香港リーグでプレーしたサッカー界のパイオニア
- 現在はさだ企画の代表取締役社長として兄を支える一方、サッカーの普及・育成活動にも尽力
という経歴の持ち主でした。
現在では多くの日本人選手が海外リーグで活躍していますが、その歴史の始まりには佐田繁理さんという存在がいたことは、サッカーファンならぜひ知っておきたいエピソードと言えるでしょう。


